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2017年10月報告

 ベルリンでの滞在も2か月目を迎え、落ち着いて生活できるリズムがようやく作れてきたように思う。家の近くのスーパーや薬局など日常生活に必要な店もだいたい頭の中に入ってきたし、ベルリン市内の地理もだいぶ感覚がつかめてきた。

 10月からの最も大きな変化としては、新学期の授業期間に入り、大学でのアカデミックアクティビティが本格的に始まった。元々今学期の予定としては、ラテンアメリカ史のコロキアムと、グローバルヒストリーのレクチャーの二つに出席するつもりだったのだが、この二つの授業の時限がどちらも火曜日16時からで、偶然被ってしまうという事態になってしまった。受け入れ教員のStefan Rinke先生と、GHCの代表のSebastian Conrad先生の両方と話をした上で、解決策として、基本的にラテンアメリカ史のコロキアムに出席しながら、だいたい月に一回くらいのペースでグローバルヒストリーのレクチャーにも顔を出す、ということで落ち着いた。また、月曜日にはグローバルヒストリーのコロキアムも開催されているので、そちらにもちょくちょく参加してみるつもりである。

 大学関係以外で10月にやった研究上の活動としては、日本から持ち越してきた論文を一本ようやく書き上げることができた。これは、20世紀初頭ウルグアイのスポーツ政策を、北米YMCAと国際オリンピック委員会(IOC)という二つの国際機関との関係性の中で捉えようという議論で、ナショナルな視角とグローバルな視角との二本立てになっている私の博士論文構想の中の「グローバル」側についての基本的なアイデアをまとめたものである。この論文は、来年アメリカの某大学出版社から出版される、ラテンアメリカのオリンピック史に関する論考を集めた論文集の中に所収される予定になっている。この機会をいただけたのはいろんな偶然が重なってのことだったが、いわば「自己紹介」的に使える論文を博士論文執筆前に英語で出すことができたのは、とても幸運だったと思っている。ただ、英語でちゃんとした(人目に晒すための)学術論文を書くのは初めての経験でなかなか筆が進まず、何度も締め切りを破ってエディターの先生方に迷惑をかけたのはここだけの話である。

 学期が始まる前からうすうす気づいていたことだが、「訪問研究員」という私のベルリン自由大学での身分は、実のところかなりインフォーマルなものである。ベルリン自由大学に滞在するにあたって、受け入れ教員からレターを書いてもらう以外、特に事務的な手続きは何もしていない(し、する必要もないと言われた)。なので、大学全体の事務を通して受け入れられている正規の交換留学生(いわゆるERASMUSなんかで来ているヨーロッパ人を中心に、おびただしい数でいるらしい)などとは違い、学生証がもらえるわけではない。

 とはいえ、それによって大学生活にそれほど支障が出るかというと必ずしもそういうわけでもない。

 授業のシラバスはインターネットで公開されているので、問題なく検索、閲覧できる。授業に参加させてもらえるかどうかは担当教員の裁量なので何とも言えないが、まあ断られることはそんなにないだろう。

 図書館についても、ベルリン自由大学、フンボルト大学、ベルリン工科大学などベルリンの諸大学の図書館は「公共施設」という扱いなので、学生や関係者でなくとも誰でも入ることができるし、パスポートを提示すればその場でゲストカードを作って館内貸出をすることも可能である。ベルリンに住民登録をして在住している人であれば、館外貸出用のカードを作ることもできるそうだが、これはまだできていない。これをするためには住民登録の証明書を取得しなければいけないのだが、そのためにはまず区役所で予約を取らなければならず、その予約は数週間先でないと空きがない、というドイツにありがちな問題によるものである。

 ベルリン自由大学の学内wifiネットワークは、いわゆるeduroamというものなので、日本の大学でアカウントを取得しておけば、自由大学のアカウントを持たずともそのまま使える。ちなみにフンボルト大学も同様である。

 学生証が無いことによる最大の不便と言えるのが、電車、地下鉄、バス、トラムの学生用定期券が買えないことである。ベルリンの公共交通機関は全て共通のシステムで、定期券があればどれでもどこでも(正確にはゾーンで区切られているが、よっぽど郊外に行くのでない限り「ゾーンAB」というもので事足りる)乗り放題である。大学の学生証があれば相当安くこの乗り放題券が手に入るようだが、そうでない場合80ユーロ以上する通常の一か月券を毎月購入しなければいけないので、これはそれなりの出費である。ただし、普通の一回券でも2.8ユーロと結構かかるので、生活圏は全部徒歩と自転車で行けます、ということでもない限り1か月券を買った方が割安だと思うし、これからの季節は寒くて雨も多いので、自転車で動き回るにも限界があるだろう。それに、ベルリン中どこに行っても毎回チケットを買う手間がなく地下鉄やバスやトラムに気軽に乗れるというのは、実際便利である。せっかくベルリンのような魅力的な街にいるのに、毎日家と大学の往復しかしない、というのはもったいないだろう。

 他にも、学食を格安の学生料金で利用することができないとか、いろんな学割が使えないとか、細々とした不便はいろいろあるが、同じようによく分からない立場でこの大学(他の大学でもそうだと思うが)に滞在している人は山ほどいるので、きっとそういうものなのだと思う。

 不便と言えば、研究とは関係がないが生活に関して目下困っていることとして、銀行口座の開設に苦労している。ドイツでは基本的に誰でも銀行口座は持っていて当然のものである。お金の動きをなるべく銀行間取引にして、透明性を高めようというのが国全体の方針で、ドイツ国籍者であれば無職だろうが浮浪者だろうが口座開設を断ることはできない、と法律で決まっているくらいらしい。また数年前からは、現金での振込は基本的にできなくなっている。なので、家賃などの振込をするためには、ドイツの銀行で口座を作って、そこから口座間振込するしかない。

普通のいわゆるメガバンクなどでは必ず口座維持費がかかるし、そもそもビザが半年しかないような短期滞在の外国人は開設そのものを断られる可能性が高い。というわけで、頼りになるのがフィジカルな支店を持たないオンライン専門の銀行である。ドイツにはいろんなオンラインバンクがあるが、口座維持費が無料のものもあるし、審査も厳しくない。また開設手続きも全てインターネットでできるので、家で辞書とにらめっこしながら記入していけばいいということで、むしろ店で手続きをするよりもハードルは低いかもしれない。

 そういうわけでドイツに着いてすぐに、いろんなオンラインバンクを比較した上で、口座維持費もかからず入出金にかかる手数料も割安の、ある銀行で開設の手続きをした。その最終ステップが身分確認で、日本であれば免許証のコピーなどを送付して身分確認をするところだが、ドイツでよく使われるのが、Postidentというシステムである。これは、郵便局に必要書類と身分証を持っていくと、郵便局員が(この場合だと)銀行に代わって身分確認をしてくれる、というものである。

だが、この身分確認の段階で問題が発生した。HPで手続きをした後、家の近くの郵便局にパスポートと書類を揃えて向かったのだが、郵便局員がパスポートを機械に何度かざしてもなぜかうまく行かず、手続きを断られてしまった。私のドイツ語力では、「~ nicht lesen(~読まない)」と言っているのしか分からなかったが、後で調べてみたところ、ドイツの身分証には「名前」「出生年月日」「出生地」の3つが必ず記載されており、この3つの情報を照合して身分確認を行うのだが、日本のパスポートには「出生地」の情報がないため、情報不足ということで機械がはじいてしまうらしい。(出生地が重要なのは、かつて生まれた町の教会に身元を登録していた時代の名残だという話もある。)

以前は郵便局員がパスポートを見て手入力していたので、日本のパスポートに記載されている「本籍地」(これは日本国内の行政上の便宜のためにあるもので、国外では何の意味も持たない情報である)を、「これが出生地だ」と言い張ればどうにかなったのだが、この1年くらいでパスポートの自動読み取り機がほとんどの郵便局に整備されてしまい、日本のパスポートではこのPostidentの手続きが実質的に不可能になってしまった。「海外で身分証として使えないパスポートって何だよ」という気もするが、これはドイツ在住の日本人の間では最近かなり問題になっているようで、大使館を通じてドイツ郵便局に働きかけたりしたものの、どうにもならないらしい。唯一可能性があるとすれば、自動読み取り機がまだ整備されていない小さなマイナー郵便局を探すしかないのだが、そんな郵便局がまだベルリンにあるのかどうか分からない。

というわけで、読み取り機がない郵便局を求めてベルリン中しらみつぶしに探すか、さもなくば入出金などの手数料が高くてもPostident以外の身分確認の方法がある銀行にするか、という二択でずっと迷っている。とりあえず、家賃に関しては大家さんの厚意で、手渡しでやってくれているのでどうにかなっているが、他にも振込を求められる場面はいろいろあるので、どうにかしなければいけない、と思ったまま滞在3か月目に入ってしまったところである。


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